踊り継がれて400年 ”常連寺太子踊り”

常連時太子踊り

神岡町吉田常連寺では、毎年7月24日に「太子踊り」と呼ばれる行事が執り行われます。その名の通り、聖徳太子由来の行事です。

約1200年前、聖徳太子は父である用明天皇が病に倒れたため、その回復を願って3体の自像を作り、そのうちの1体が常蓮寺で安置されるようになりました。

その後、常蓮寺に置かれていた像は富山県八尾の「聞名寺(もんみょうじ)」に移されましたが、寛永5年(1628年)、飛騨では焼岳の噴火や、大飢饉と災難が続いたため、当時飛騨を治めていた金森長近氏がその惨状を救いたいとの思いから聞名寺に返却を願い出ました。

聖徳太子像は7月24日に常蓮寺に戻されることになりましたが、太子像が常蓮寺に戻る直前、周辺の桜の木が突然光り輝き、それを見た住民たちが「これは聖徳太子像が戻ってくる前ぶれだ」と喜び、それを祝って踊り明かしたのが「太子踊り」の由来だと言われています。吉田の住民は昔から「太子まつり」と呼んで大切にしてきました。

また、聖徳太子像が人々の目にふれるのは、年に一度、この太子踊りの日だけです。

常連時太子踊り

のどかな吉田の風景

約400年もの長きにわたって伝承されている太子踊りは、過疎化の進んだ今でも地域の住民たちによって大切に守られ、引き継がれています。昭和49年には「太子踊り保存会」が約800人の会員で発足しました。現在は約300人と半数以下になってしまったものの、吉田地区の全家庭が入会しており、また、宗派に関係なく常蓮寺の檀家以外も入会しています。太子踊りは今や宗派を超えた存在であり、老いも若きも吉田の人々の心のよりどころになっているのです。

 

(この記事はSatoyamaExperienceの過去の記事です)

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